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化粧文化 COSMETIC CULTURE
もっと知りたい日本髪

002

垂髪(すいはつ)

2019.10.24

一番はじめにお話するのは、日本髪が登場する以前の髪型、「垂髪(すいはつ)」です。「垂髪」とは、文字通り"垂らした髪"のこと。イメージするなら、源氏物語絵巻に登場する貴族女性の髪型です。平安時代、貴族の女性たちは、自分の身長ほどもある長い黒髪をまっすぐに垂らしていました。この時代はまさに貴族が支配する世の中、屋外で労働をせず、歌を詠んだり香を楽しむ生活を送る貴族女性たちは、肌も白く髪を束ねる必要もありませんでした。長い黒髪や白い肌は優雅な暮らしの象徴、こうした女性像が美しいとされたのです。

《中古諸名家美人競 紫式部》(部分)
長い黒髪を垂らした「垂髪」。《中古諸名家美人競 紫式部》(部分)
長い黒髪を垂らした「垂髪」。

しかし、鎌倉、室町、安土桃山時代と時代が進み、優雅な貴族の時代から、勇ましい武士の時代へと移り変わっていくと、時代に合わせて、活動的なよそおいが求められるようになりました。一般の女性たちは、家事や労働の邪魔にならないよう、だんだんと長い髪を束ねはじめていったのです。
そんな中登場したのは、髪を一本に結んだ髪型、「下げ髪」。髪を結ぶ位置も時代が進むにつれて上がっていったといいます。もうひとつ日常的に結われた髪型が、髪を一本に結び、先を輪に結んだ「玉結び」。とても簡単だったことから、上流階級から一般庶民にまで広く結われた髪型でした。
続く江戸時代になると、髪を結んだ髪型はさらに発展し、結い方のバリエーションは数えきれないほど広がっていきました。

垂髪を束ねた「下げ髪」 安土桃山時代(左)
下げ髪の先端を丸めた「玉結び」 江戸時代初期(右)垂髪を束ねた「下げ髪」 安土桃山時代(左)
下げ髪の先端を丸めた「玉結び」 江戸時代初期(右)

※このコンテンツは2015年から2018年にポーラ文化研究所Webサイトにて連載していた「やさしい日本髪の歴史」を一部改訂再掲載したものです。

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