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化粧文化 COSMETIC CULTURE
もっと知りたい日本髪

008

勝山髷(かつやままげ)

2020.07.30

第3回で登場した、勇ましい女性をイメージさせる髪型が、今回紹介する勝山髷(かつやままげ)。髪を一本に結ぶ髪型「下げ髪」から変化して誕生しました。ポイントは、束ねた下げ髪をくるっと前方に曲げて、輪を作り、その毛先を髷の中に折り返して、結び目の「根」の部分に白元結(しろもとゆい)をかけたところ。この勝山髷を流行らせたのは、名前の由来にもなった、吉原の遊女、勝山と言われています。

《時代かがみ 享保の頃》 楊洲周延 明治29~30年(1896~1897)(国文学研究資料館撮影)《時代かがみ 享保の頃》 楊洲周延 明治29~30年(1896~1897)(国文学研究資料館撮影)

時は元禄。普段から凛々しいスタイルが得意だった勝山は、武士のよそおいをヒントに、武家風の髪型を考案しました。このヘアスタイルに侍風の男姿で道中したところ、「カッコイイ」と評判に。江戸の若い女性たちがあちこちで真似し始めました。男性的でありながら上品さも持ち合わせていたことから、やがては武家の奥方も取り入れるなど、勝山髷は大流行。この髷を幅広く膨らませた「丸髷」は、武家以下百姓に至るまで、既婚女性を代表する髪型として定着していきました。

勝山髷 承応~明暦(1652~1658)
下げ髪を曲げて輪を作った髪形。勝山髷 承応~明暦(1652~1658)
下げ髪を曲げて輪を作った髪形。

※このコンテンツは2015年から2018年にポーラ文化研究所Webサイトにて連載していた「やさしい日本髪の歴史」を一部改訂再掲載したものです。

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